沖縄復帰40周年の今だからこそ、改めて考える沖縄の過去と現在 ― ピースアクションin沖縄を開催711日)
沖縄陸軍病院第三外科壕の跡に立つ慰霊碑「ひめゆりの塔」で説明を聞く

1フィート運動による沖縄戦実写のビデオを見て当時の実相を知る
 沖縄は、日本で唯一住民を巻き込んだ地上戦があった地です。
 フード連合では、平和を考えるための行動「ピースアクションin沖縄」を毎年開催しています。今年は全国から73名(19単組)が参加しました。
 1日目「平和を考える学習会」では、沖縄戦の実情を伝えるビデオ学習、元・宜野湾市長 伊波洋一さんから「普天間基地問題について」の講演を聞きました。

元・宜野湾市長の伊波洋一さんから「普天間基地問題について」の講演を聞く
 2日目は、67年前激戦地であった南部戦跡を平和ガイドの新垣文代さんのガイドで、糸数壕(アブチラガマ)、平和祈念公園、平和の礎、平和祈念資料館、ひめゆりの塔、ひめゆり平和祈念資料館、ひめゆり学徒の最後の自決地「荒崎海岸」を歩き、過去の追体験をしました。
 3日目は、連合主催「連合2012平和オキナワ集会」に参加しました。集会では、基調講演「変わりゆくアジア情勢と日本の対応」道下徳成 政策研究大学院大学準教授の講演を聞いた後、平和式典が開催されました。
 「ピースアクション」は、8月の広島、長崎へと続きます。

「ピースアクションin沖縄」に参加して
     名糖産業労働組合 山口大志

名糖産業労組の山口大志さん(右)と同労組の岡本浩輔さん(左)
 「2012ピースアクションin沖縄」に参加させて頂き、3日間、平和を考える学習会・南部戦跡廻り・連合オキナワ平和集会を通じて、今までにない非常に多くの事を感じ、また深く考えさせられる密度の濃い時間でした。
 この感想文を書かせて頂くに当たり、なぜ「2012ピースアクションin沖縄」に参加しようと思ったのかと改めて自らに問いかけると、これまでの人生で受けてきた教育・平和学習のお陰か「平和とは何よりも大切であり、必ず守らなければならないもの」との認識は確かなものとして根付いているものの、@あらためてなぜ大切なのかを「住民を巻き込んだ凄惨な沖縄地上戦」を学び知ることでより深く考えたいと感じたからと、A平和の大切さを知った上で、その平和を祈念するだけでなくどのようにすれば恒久的にそれを守ることができるのかを考え、その答えを見出したかったからの2点だとかえりみます。

糸数壕(アブチラガマ)入壕前に平和ガイドの新垣文代さんから「この壕でどんなことが行なわれたのか」を聞く
 まず、今から僅か67年前の1945年3月26日から6月23日までの約3ヶ月間で繰り広げられた沖縄戦が如何に壮絶であったかについて学んだこととして、最も印象深く心に残っているのは、戦争という名の敵味方に分かれての殺し合いという枠では到底収まらない地獄絵図がそこにはあったということです。なかでも糸数壕(アブチラガマ)は67年経った現在でも不思議と当時の状況が目前に感じられるような言葉にできない場所であり、そこで繰り広げられた事実をお聞きしながら実際に壕中に入り当時の状況を思い浮かべ「67年前と同じように天井から滴る雨」「太陽の明かりなど全く届かない暗黒の闇」「何とも表現できない臭い」「今尚残る遺品の数々」など五感全てで様々な感覚を感じ取りました。敵味方・兵士住民・老若男女を問わず、二度と同じような経験をする人間がこの世に生まれてはいけない、言葉にすると上手く表現できませんがこれが糸数壕で私が感じ学んだことです。訪れる方一人一人受ける印象が少しずつ異なるかもしれませんが、父母・祖父母の時代に起きたことを学び知り向き合うことで如何に平和が尊いものかということを世代を越えて語り継いでいかなければならないという想いは私にとってより一層深いものとなりました。

嵐のような雨の中、平和祈念公園と平和の礎を見学
 平和の維持を深く願う一方で、暴発の危険性が拭えない北朝鮮、軍事費が年々増加し軍事力を高める中国、様々な資源を狙って利権を絡めて隣国が自国領土と主張している尖閣・竹島・北方領土問題、とリスクは現在も多く存在しています。更には、主に沖縄が抱える問題として、国際的に適応されている一般的な安全性を明らかに逸脱した米軍基地の運用問題、米兵による事件事故の際に不平等な裁きとなる日米地位協定、様々な見方があるかと思いますが冷戦終了後も今尚続く日米安保条約もある意味で国民(沖縄県民)の平和を脅かしてきた因子であると感じました。

沖縄陸軍病院第三外科壕の跡に立つ慰霊碑「ひめゆりの塔」の前で
 第二次世界大戦に日本が突入した時、国民の思想をコントロールし異論を唱えることを許さず、国の一部のリーダーが全権を握って不幸な結末へと突入していったと聞きます。これに対してよく言われるのは「国のリーダーが采配を誤ればあのような事態に陥る」という言葉。しかし私たち国民が正確な情報を入手する努力を惜しまず、その時々の状況を分析し考え、もし進みつつある道が平和を脅かすものであるとすれば早い段階で、はっきりとNOと言えるように日々高い意識を持ち取り組めば、また常日頃からそのような環境が国全体で作られていれば、リーダーの采配も最悪のシナリオに辿り着くことはないはずであると思います。
 平和の尊さという最も大切な本質をしっかりと持った上で、上述した現代日本が抱えるリスクを含め、何がリスクと成り得るかを偏った方向からでなく正確に理解し、その問題に対して考え意見を持ち、主張すべき時に主張できるスタイルを築くこと、それが平和を維持するための第一歩であるとの自分なりの結論に至りました。

ひめゆり学徒隊の最後の自決の地 荒崎海岸の慰霊碑の前で
 出身高校の大先輩である島田叡氏(沖縄県最後の官選知事)が最期を遂げられた沖縄、今回学ばせて頂きました事を一人でも多くの方に伝え、また次世代に伝えていくことが後輩としての使命だと感じ、拙劣な表現力ではありますが感想文を書かせて頂きました。

「魂魄の塔」の前で、平和への思いを込め、折り鶴を献納
 これを読んで頂いた方々の中で、少しでもご共感頂き、今後同活動に参加してみようと思って頂けたなら幸いです。
 末筆になりましたが、今回このような貴重な経験の機会を与えて頂きましたフード連合並びに名糖産業労働組合の皆様に心より感謝申し上げます。

以上
いたる所に散乱していた遺骨を集めて祀った「魂魄の塔」前で恒久平和を祈りながら