TPPの課題を認識した食品業界労使懇談会29日)
懇談会冒頭での渡邉会長挨拶
 「第9回中央委員会」翌日の1月25日、労働組合側33名(26組合)、経営側25名(23社)が参加し、「第20回食品業界労使懇談会」を開催しました。本懇談会は、食品業界労使が共通の課題について話し合い、相互理解と共通認識を深めることによって、食品産業の健全な発展を図ることを目的としており、今回は、「TPPと食〜食料自給率や食品産業の今後を考える〜」というテーマで講演を行いました。
 講師には、農政ジャーナリストで元NHK解説委員の中村靖彦氏をお招きし、TPPの現状や参加による影響、農業・食品産業の課題等、幅広くお話を伺いました。質疑応答でも様々な質問や意見が出され、労使双方にとって、食品関連産業としてTPPをどうとらえていけばよいのかを考えさせられる、有意義な懇談会となりました。

※当日の式次第・講演要旨は、以下の通りです。
 ・労働組合側代表挨拶
  フード連合 渡邉 和夫 会長
 ・経営側幹事代表挨拶
  日本ハム株式会社 松葉 正幸 取締役執行役員
 ・来賓挨拶
  財団法人 食品産業センター 西藤 久三 理事長
 ・フード連合報告(春闘方針について:栗田 博 労働局長)
 ・講演と質疑応答
  テーマ:TPPと食〜食料自給率や食品産業の今後を考える〜
  講 師:中村 靖彦氏(農政ジャーナリスト・元NHK解説委員)

中村氏からのTPPの講義

講演要旨

<TPPとは?>
 TPPは当初4カ国で協議を始めたが、現在はアメリカやオーストラリアも含めた9カ国で交渉を行っている。TPPは昨年11月、菅首相が突然、「参加を検討したい」と表明したもので、農水省幹部も寝耳に水であり、農業関係者を中心に猛反対議論が起こった。その結果、政府は「参加を検討」という文言を修正せざるを得ず、「協議を開始するための情報を収集する」とした。しかし、9ヵ国の交渉は非常に閉鎖的で、日本はなかなか情報を収集できていない状況である。
 TPPは農業のみならず、金融・医療・労働力の移動・サービス分野等、24の項目を協議するもので、農業はその中の1分野にすぎない。それにもかかわらず、なぜ農業vs TPP(経済界)の構図になってしまったのか?まるで、1993年のウルグアイラウンド終盤の構図と同じである。ウルグアイラウンドでは、コメの関税は守ったが、ミニマムアクセスとしてコメの最低輸入量を決められてしまった。この構図の原因は、メディアの影響が非常に大きい。TPPを含む経済連携協定は、基本的には経済界・輸出産業にはプラスのものであり、このプラス面を後押ししたい中央メディアが背景にある。

<韓国に後れをとるな?>
 「韓国に後れをとるな」とよく言われるが、韓国は農産物よりも物流を活発化して国を盛り立てていこうとしている。韓国は過去、貿易赤字続きでつらい経済危機を経験し、IMFの支援でなんとか乗り切ったので、貿易赤字を極端に嫌う流れがある。そのため、貿易はなるべく自由にして、黒字を基調にやっていかなければならないと考えている。アメリカやEUともFTAを結び、農政から物流拠点をめざしている。韓国は、コメは守ると言っているが、それ以外の農作物をどう判断するのか。感覚としては、縮小もやむを得ないと考えているようだ。
 どのような戦略で成長するかは、それぞれの国の戦略であり、「韓国に後れをとるな」というのは、少し違うのではないか。後れを取らないためには戦略を真似するしかないが、韓国は真似をするべき国なのか?慎重な判断が必要だ。

<参加した時の影響は?>
 仮に参加した時の影響はどうか。農林水産省は、農林水産物出荷額8.5兆円が4.1兆円減、食料自給率40%から14%と試算している。特にコメは、通常食料米の大半(800万t)が輸入米に置き換わると言われている。しかし、日本人がそんなに大量の輸入米を食べるだろうか?食べないだろうと思われる。このような農水省の分析は、納得できない。
 また、「食料自給率を○○年までに○○%」という議論があるが、全く不毛だと考えている。カロリーベースの自給率はどこから出てきたかというと、ウルグアイラウンド時の日本の農産物防衛のための理論武装だった(こんなに自給率が低いのだから、もう輸入自由化はできない!)。自給率の数値目標を掲げると、国が予算を付けて、農家への支援・国民への啓発を行うことになるが、自由経済の日本で、国内農産物を食べろ・自給率を上げろ等は実現できない。そうすると、さらに予算を付けて、何らかの対策を、ということの繰り返しになるだけである。

 協議に参加する際、農業分野で大きな課題となってくるのは、アメリカからの牛肉の輸入条件緩和である。すでに情報収集の段階で、アメリカからは牛肉のことは言及されている。もうひとつは、食品産業(製造業・流通業・外食産業等)への影響は大きいと思う。食品産業の生産額は、81.7兆円で、全産業の8.1%、775万人おり、しかも、かなりの部分、国産農産物を使っており、国内農業への影響力が大きい産業である。もしも関税が撤廃され、安い輸入原料が入ってくる場合、事業者がチャンスととらえるか、国内農産物を大事にする観点から消極的にとらえるかはわからない。食品関連産業まで広げると、その生産額はGDPの9.1%で、地域経済には大きな影響がある。
 また、自由化で日本からの輸出は増えるのかというと、そんなに甘いものではないと思う。TPPへの参加をいきなり議論するよりは、2国間協定を優先させた方がよいと思っている。2国間の方が例外品目も設けやすく、交渉もしやすい。アメリカとオーストラリアは協定を結んだが、乳製品や砂糖などアメリカの弱い産業では関税撤廃を除外する方向で交渉が成立した。日本はまだ、アメリカ・EU・中国とは交渉の糸口すら持っていない。日本はむしろここに課題の糸口を持てばいいのではないだろうか。

<農業の再生が必要>
 国内では農業がTPPの課題としてとらえられているが、農業改革は、TPPに関わらずやっていかなければならない課題である。ウルグアイランドの時にそれを感じ、多額の予算をつぎ込んだはずなのに、当時の危機感が薄れてきてしまっている。
 農業は、後継者問題など課題が多いが、再生のプランとして、「コメにだけこだわるな」と主張したい。コメは票田のため“政治財”になってしまっており、生産者が甘えてしまっている。生産調整のペナルティーがなく、消費が減少しているのに過剰生産傾向であり、余剰分は政府が何とかしてくれるという、甘えた主張が出てくるので、コメだけにこだわるのは間違いだと思う。また、土地利用型農業(コメ・麦等)に後継者がいないのは、経営の観点がないからである。先祖代々の土地が大事で、大規模化しづらい構造となっている。大手新聞は、農業の大規模化でコストを低くし価格競争力を上げろと主張しているが、こんなことは大昔から言われているのに、できていない。農地は財産という思いが強く、人に貸したり売ったりは簡単にはできないので、難しい問題となっている。
 また、現在の戸別所得補償制度はすべての農家にが対象となっているが、コメに頼っていない小規模兼業農家には不必要であり、かえって不平等な制度となっている。しかし、コメ農家は票田であり、コメは“政治財”なので、それができないというジレンマがある。

<農業以外にも難しい課題>
 アメリカは、農業分野以外に、郵政民営化と金融・保険・弁護士など、今後多くの自由化の項目に言及してくる。
 現在、農業関連団体はTPPへの反対を主張しているが、その他の団体はどう思っているのだろうか?安心だと思っているのか?私にはそうとしか思えない。病院の立場はどうなのか?法曹界はどう思っているのか?そのように影響が出る団体が、もっと主張を表に出せば、TPPがどういうものか、わかってくると思う。
韓国は、ある方向に舵を切ったように思えるが、日本はどういう国をめざしているのか?そのような議論を国会でしてほしい。こういうことが、TPPを扱っていく上での根本の議論になければならないと思っている。

<質疑>
Q.自給率の数値目標が不毛な議論というのは理解はできるが、世界で食料危機が起きている中で、日本も戦略的な意味で、多少のロスがあっても国家が面倒を見て、食料自給率を上げていかなければならないと考えているが、いかがか。
A.個別の数値に対して目標設定はすべきと思う。例えば、この地域で何人の後継者は残そうとか、月に何日かお魚デーを設けようとか、1日にお米をどれくらい食べましょうとか、それで結果的に自給率が○%上がればよいと思う。食べたいものを好きなように食べて、10〜20年後に自給率○%といっても、一般の方には理解しづらい。

Q.糖業など、地域経済の影響の中で食品産業への影響が気になる。このような壊滅的な打撃を受ける業種を中長期的にどうすればよいか。焦らないでじっくりやるべきとのことだが、働く者としての課題認識があればお教え頂きたい。
A.そのような業種を支援していくのに必要なのは、お金である。韓国は、農業から徐々に撤収するスタンスであっても、お金は出している。10年間で9兆円。日本はもっと出さなければならない。もうひとつは、国民・消費者の理解に尽きる。

Q.金と国民の理解とは、具体的にはどのようなことか。
A.欧米諸国は、価格(関税)ではなく、納税者(国・税金)から生産者への直接支払いで成り立っている。EUが直接支払いをやらなければならなかったのは、東欧諸国を補助しなければならなかったからだが、日本の農業も、この方法が生き残っていく唯一の道かなと思っている。

以 上